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Audio Column No.20

フルレンジ・ドライバーの最適な口径とは?
ヒューマン・スケールから見るフルレンジ・ドライバー

何事においても、
「何々であれば何々であるほど良い」ということは、滅多にありませんが、
スピーカーにおいても、大きければ大きいほど良いとか、
小さければ小さいほど良い、などということは、少なくとも音質的には、ないはずです。
であれば、はたして、フルレンジドライバーの最適な口径というものはあるのでしょうか?

というのは、フルレンジの特性や音色は、振動板の面積や重さに影響されるので、
どのような口径でも同じような音にするということは出来ず、
やはり、最も自然に聴こえる口径というものがあると感じるからです。
ということで、今回は、フルレンジ・ドライバーの最適な口径というものについて、
少しばかり、考えてみたいと思います。

物事を評価するためには、評価基準を設ける必要があります。
評価基準は、あくまでも合理的かつ必然性のあるものでなくてはならず、
決して恣意的なものであってはなりませんが、スピーカーの評価に当っては、
どのような基準であれば、正当なものだと言えるのでしょうか?
先ず、実際の音楽の含まれる情報量の偏在性と、
人間の聴覚の特性に注目してみたいと思います。

音楽情報の大部分は中域に偏在し、
高域と低域の情報量は、中域のそれに比べるとかなり少なくなっています。
そして、高域において、特に重要だと言えるのが、中高域(ミッド・ハイ)です。
なぜなら、ミッドハイは中域の情報量と解像度に大きく関わる帯域で、
中域の解像度と情報量は、この帯域の品質に大きく依存しており、
この帯域も中域とともに非常に重要な帯域だからです。

人の聴覚も、中域において非常に敏感になっており、
中域の倍音域であり、中域の音色を決定する、
中高域(ミッド・ハイ)において、聴覚の感度は最も敏感になります。
これは、人の聴覚が、人の個人ごとの声色の違いを識別するために、
人類の進化の過程において、及び、個人の生活を通しての訓練により、
ボーカルの音色の違いを決定するミッドハイの帯域に対しての
鋭敏さを獲得したからだと考えられます。

ここでは、ボーカルの基音の最低音から、
基音の最高音の第4フォルマントまでをボーカル帯域と定義します。
ボーカルの基音の最低音の80Hzなので、これがボーカル帯域のローエンドになります。
そして、ボーカルの基音の最高音は1kHzなので、
その4倍音の第4フォルマントは4kHzになり、これがボーカル帯域のハイエンドになります。
以上のことから、ボーカル帯域は大体80Hz〜4000Hzと考えて良いかと思います。

この 80Hz〜4000Hz というボーカル帯域は、中域だけではなく、
低域とミッドハイを含む、かなり広い帯域です。
ボーカル帯域のローエンドは、フルレンジ・ドライバーの最低共振周波数(fs)に近いため、
フルレンジドライバーの特性上、どちらかと言えば、ミッドハイの再生よりは、
低域の再生のほうに問題が生じる場合が多いと考えられますが、
この問題については、後の方で取り上げたいと思います。

音楽というもの自体、
人の声の特性と、人の聴覚の特性に大きく依存しているのは、言うまでもありません。
人の聴覚が、人の声の認識に最適化する形で発達しているため、
その様な、人の聴覚の特性に合わせる形で、楽器の多くも、中音楽器が多くなっています。

もし、人の聴覚が高域において敏感であったなら、
楽器も高音楽器が多くなり、音楽情報も高域に偏在するようになったであろうし、
反対に、人の聴覚が低域において敏感であったなら、
楽器も低音楽器が多くなり、音楽情報も低域に偏在するようになったはずです。
つまり、音楽情報が中域に偏在するのは、
もともとは、人間の聴覚の特性に起因する現象だと考えられます。

このようなことからも、
フルレンジドライバーに限らず、スピーカーそのものに対する評価も、
中域での品質と、中域の情報量や解像度に大きく影響するミッドハイの品質を
その評価基準にすることは理に適っていると思いますし、
特に人の認識力が最も鋭敏に働く、ボーカル帯域における品質や、
リアルさや自然さを評価基準にすることは、
人間の聴覚の特性から考えても、合理性と必然性のあることだと思われます。

もちろん、これは、人間の聴覚の特性を基準にした場合の評価基準なので、
出来るだけローエンドを伸ばしたいとか、出来るだけ大音量を出したいなど、
求めるものが変われば、また基準も変わりますが、今回は上記のような、
ある種のヒューマンスケールに基づく評価をしてみたいと思います。

マルチウェイシステムにおいて、
低域を受け持つユニットはウーファー、
中域を受け持つユニットはスコーカー、
高域を受け持つユニットをツイーター、という風に、
それぞれの帯域に特化した、複数のユニットを組み合わせて、
一つのシステムを作り上げます。

それに対して、フルレンジシステムの場合は、
一つのユニットにより、全ての帯域を再生しますが、
その口径や振動径の質量によって、特性的な偏りと音色的な特徴が生じるため、
・ウーファー寄りの、ワイドレンジ・ウーファー、
・スコーカー寄りの、ワイドレンジ・スコーカー、
・ツイーター寄りの、ワイドレンジ・ツイーター、
と言えるものに分類できます。

そして、フルレンジドライバーのあるべき姿と言うのは、
用途によって求められる特性が変わるので、一概には言えませんが、
やはり、特にボーカル再生が得意な、ワイドレンジ・スコーカーになると思われます。
これは、私の個人的な意見ですが、最も重要な中域の品質を保ちながら、
低域と高域を拡大したワイドレンジ・スコーカーというものが、
フルレンジ・ドライバーとしては、最も自然で無理の無い形態だと思いますし、
フルレンジの真髄だと言えるのではないでしょうか?

実際に、様々な口径のフルレンジドライバーによる、
ボーカル再生を聴いてみた印象では、
大体、8cmから16cm程度が比較的自然に聴こえ、
さらに絞れば、10cmから13cm程度が最も自然に聴こえます。
これは、大体この辺りの口径のフルレンジドライバーが
中域、特にボーカル帯域における特性が優れているのと、
振動板の面積が、ボーカル再生に適切なことが、理由として考えられます。

女性ボーカルは8cmがベストだとは良く耳にしますが、
しかし、この口径だと、男性ボーカルが細くなりがちですし、
女性ボーカルでも、僅かに肉声感に欠ける人工的な音に感じることもあります。
私の個人的な印象から言えば、8cm以下の口径は、
ワイドレンジ・ツイーターに分類できるかと思われます。

そして、一昔前までは、フルレンジの中のフルレンジと言われ、
ロクハンの愛称で親しまれている16cm口径は、
男性ボーカルは適度な厚みがあって、なかなか自然に聴こえますが、
女性ボーカルが少し太くなると言うか、
肉声と言うより、拡声器を使ったボーカルを聴いている印象で、
小規模なPAを使ったコンサートを目の前で聞いているような印象でもあります。
そして、これも私の個人的な印象から言うと、
16cm以上の口径は、ワイドレンジ・ウーファーに分類できると思います。

10cm口径では、女性ボーカルも肉声感があって自然ですし、
男性ボーカルも自然で特に問題はありませんが、
僅かに厚みが足りないように感じることも時々あります。
12cm口径のものは、手元にあるのがハイ上がりのものなので、評価できません。
13cm口径だと、男性ボーカルは自然ですし、
女性ボーカルも自然ですが、時々 僅かに太く感じることもあります。

ハイ上がりのドライバーは、実際よりも小口径の音がしますし、
ハイ下がりのドライバーは、実際よりも大口径の音がするので、
同じ口径でも、試聴に使うドライバーが違えば印象も変わりますが、
大体フラットだと言える特性のものであれば、
聴感上のボーカルの自然さという点では、
大体、10cm〜13cm程度の範囲に収束すると感じます。
以上のことから、ワイドレンジ・スコーカーに分類される口径も、
大体この範囲に収まるのではないかと考えられます。

しかし、振動板背面の音圧をフルに利用する形式の
バックロードホーンなどで使う場合は、実質的な振動板面積が増えることから、
聴感上のスケール感も、実際の口径より大きく感じるので、
ボーカルが自然に聞こえる口径も、少し小さくなる傾向があるようです。
おそらく、8cm〜12cm 程度になるのでしょうか。

そして、8cm〜12cm 程度の小口径のフルレンジ場合、
高域の過渡特性も悪くなく、量的な不足感も特には感じないので、
ワイドレンジなシステムを実現するには、
後は、エンクロージャーの工夫によって、
いかに低域を確保できるかということだけが問題になります。
エンクロージャーにより、低域が適切に確保できるなら、
フルレンジ1発のシンプルなシステムを組みたい場合には、
この辺りの口径はなかなか良い選択肢になると思います。

そして、一般的なバスレフシステムの場合は、
やはり、10cm〜13cm 辺りがベストなように感じます。
しかし、フルレンジの場合、この辺りの口径は、中域は非常にナチュラルですが、
ものによっては、高域と低域が僅かに不足する場合があるので、
何らかの方法で、具体的には、スーパーツイーターとサブウーファーですが、
高音と低音を補強すれば、オーディオシステムとしては、
ほぼ理想的なものになるのではないかと思います。

もちろん、これは、自然なボーカル再生という限定的な基準における評価なので、
基準が変われば、また、評価も変わります。
例えば、同じボーカル再生でも、ソロではなく、合唱であれば、
もう少し口径が大きい方がスケール感が増して良いかもしれませんし、
多人数に聞かせる必要のあるPAであれば、
どうしても耐入力が大きく、能率の高い大口径が求められます。

そして、リスニング距離とスケール感は反比例の関係にあるので、
男性ボーカルが細くなりがちな8cmでも、
至近距離でのリスニングなら、太い音に聞こえるかもしれませんし、
女性ボーカルが太くなりがちな16cmでも、
遠くから聴けば細い音に聞こえるかもしれません。
私の場合は、スピーカーから3m程度の距離で聴いているため、
上記の評価を読むに当っては、この距離を考慮する必要があります。

また、別の観点から見てみると、人の声の最低音は、
女性ボーカルでは、140Hz 程度、男性ボーカルでは、80Hz 程度ですので、
ドライバーの最低共振周波数(fs)に、
ボーカルの基音の最低周波数よりも低いことを要求した場合、
女性ボーカルを主に聴く場合でも、ドライバーのfsは、140Hz以下が望ましく、
男性ボーカルも聴く場合は、80Hz以下が望ましいということになります。
fs付近では、振動系の共振によって出力が増しますが、
ドライバーのインピーダンスの上昇により、解像度が低くなりがちなので、
解像度が要求されるボーカル帯域でのインピーダンスは、
ある程度 低い方が望ましいのです。

そして、男性ボーカルの基音の平均周波数は 約125Hz で、
女性ボーカルのそれは、ちょうど1オクターブ上の、250Hz となっています。
また、男性が良い声だと感じる女性ボーカルの基音の平均周波数は、約311Hzで、
女性が良い声だと感じる男性ボーカルのそれは、約123Hz ということですので、
fsがボーカルの最低音以下に出来ない場合でも、
最低限、123Hz〜311Hzを含む帯域と、その倍音域では、
ある程度インピーダンスが低い方が望ましいと思います。

そして、一般的に、フルレンジドライバーのfsは、
8cm口径では、100Hz 程度、
10cm口径では、75Hz 程度、
12cm口径では、65Hz 程度、
13cm口径では、60Hz 程度 なので、
ボーカル帯域において、
共振に頼らずに、必要な駆動力を確保できるインピーダンス特性という観点では、
女性ボーカルのみを聴く場合でも 8cm以上、
男性ボーカルも聴く場合では、10cm以上の口径が必要ということになります。

しかし、これは、
振動系の共振に頼らないボーカル再生を目指す場合に必要な条件なので、
共振を利用した再生であっても、聴感上 必要なクオリティーを満たせるなら、
ドライバーのインピーダンス特性には、特にこだわる必要もないのかもしれません。
なぜなら、個人的なオーディオにおいて最も大切なことは、
「実際には、どのように聞こえるか」 ということだからです。

Last Updated 2014-03-28



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