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Project Ansio-S08

Ansio-S08 の開発コンセプトや構造など
2016-09-01

今回のプロジェクトは、
Back Loaded Horn (以下、BLH) の新しい方式の一つである、 
Forked Back Loaded Horn (以下、FBLH) の Ansio-S08 です。

ちなみに、"Ansio" とは、フィンランド語で「利点」という意味があり、
従来のシングルBLH に比べて、何らかの利点が、あわよくば、
Dual Back Loaded Horn (以下、DBLH) と同等の利点があれば、
という期待を込めて、命名したものです。

下図は、FBLH の基本的な構造を示したものです。

FBLH は、上図から判るように、
ホーンが途中で枝分かれをした構造を持つ BLH で、
DBLH の簡易型とも言えるものです。

そして、この構造が意図するところも、基本的に DBLH と同じで、
BLH の音響迷路的動作によって生じるディップを緩和することで、
情報の欠損や音色的な癖の発生を抑制するためのものです。

FBLH の基本的な考え方は、DBLH と同じなので、
詳細は DBLH に関する記事を参考にしていただくとして、
ここで、FBLH の仕組みを簡単に説明すると、
この途中から分岐したホーンの、スロートから遠い方の開口部 (L) からの出力で、
ドライバーの振動版前面と位相が逆相になり、深いディップを生じる周波数において、
スロートに近い方の開口部 (S) から、当該周波数の出力を、
ドライバーの振動版前面と同相で取り出すことにより、
当該周波数におけるディップを軽減することを意図しています。

DBLH では、2つのホーンが完全に独立していますが、
FBLH では、前述の通り、途中で分岐している構造です。
しかし、音響迷路的動作によって生じるディップの軽減するという目的からすると、
スロートから、それぞれの開口部までの距離の比率は、
当然、DBLH と同じ比率を持つことになりますし、
ホーンの出力とホーンの容積の比例関係を考慮すれば、
分岐後の、それぞれのホーンの容積の比率についても、
FBLH は、DBLH と同じ比率を持つべきだと考えられます。

DBLH は、ホーンが完全に独立しているため、空気室というクッションを挟んで、
比較的高い周波数においても、それぞれのホーンの独立した挙動が可能ですが、
FBLH は、スロートから分岐点まではホーンを共有しているため、
比較的高い周波数においては、普通のシングルBLH と同じ挙動をするはずです。

そして、原理的に、FBLH の挙動と特性は、
ホーンの分岐点がスロートに近いほど、DBLH のそれに近くなり、
分岐点が開口部に近いほど、従来のシングルBLH のそれに近くなると考えられます。

具体的には、比較的高い周波数においては、
DBLH の方が、生じるピークの数は多くなる代わりに、ピークの高さが低くなり、
FBLH では、生じるピークの数が少なくなる代わりに、ピークの高さが高くなるはずなので、
この特性の違いが、中域において、音色的な違いとなって現れる可能性が考えられます。

しかし、FBLH は原理的には、DBLH よりも、生じるピークの数が少なくなるはずですが、
ピークの生じる周波数においては、ホーン開口部からの出力の位相が、
シングルBLH よりも分散されることから、生じるピークの高さは、
シングルBLH よりも低くなる可能性が考えられます。

もし、この仮説が正しければ、、FBLH は、DBLH よりも、
生じるピークの数が少なく、さらに、その高さも低くなるということも考えられ、
原理的には、DBLH よりも、音質的に有利な点を持つ方式である可能性もあります。

そして、FBLH は、低い周波数になるほど、DBLH に近い挙動となるはずなので、
低周波数帯における特性上の欠点を解消することに主眼がある場合は、
部材の少なさや、製作の容易さ、または、エンクロージャーのコンパクトさなどにおいて、
FBLH は、DBLH よりも、メリットの多い方式であると言えるかもしれません。

と言うのは、たいていの道具がそうであるように、
スピーカーも、その使用目的や、スピーカに何を求めるのかによって、
どのようなスピーカーが優れているかを判断する基準が、変わってくるのが当然であり、
どのような場合でも、ハイエンド・スピーカーが最高であると言うことはできないからです。

下は、Ansio-S08 の内部構造です。

ホーンが、途中から分岐している様子が判るかと思います。

DBLH は、従来のBLH に比べると、周波数特性的にも音質的にも、メリットが多い代わりに、
設計的が困難で、部材数が多く、製作においても難易度が高いというデメリットがあることから、
FBLH には、設計や製作の簡略化ということを期待していましたが、
今回開発した FBLH の Ansio-S08 は、
必要以上に設計に拘ったため、設計には長期間を要し、
結果的に、サイズの割には、部材数がかなり多くなってしまい、
工作的な難易度も、DBLH とさほど変わらなくなってしまいましたが、
コンパクトさというメリットは、かろうじて確保できたようです。


Ansio-S08 の周波数特性や試聴感想など
2016-09-05

上が完成した Ansio-S08 です。
Ansio-S08 は、側面開口型のBLH であり、その開口部もかなり大きなものとなっていますが、
正面から見れば左右対称で、ドライバーの位置も悪くないため、
比較的 端正で、バランスの良いルックスだと思います。

下が、Ansio-S08 の軸上 1m での周波数特性です。
測定に使用した機材は、 8cmフルレンジ・ドライバーが、Tang Band W3-881SJF 、
DAC が、Topping D2、アンプが、S.M.S.L. SA-98 です。

BLH システムとしては、ピークもディップもよく抑えられ、フラットでなかなか良い特性です。

低域は、ピークの発生が良く抑えられ、比較的 フラットな特性になっています。
190Hz 辺りに小さいディップが生じていますが、この程度であれば、
実際の音楽鑑賞において、情報の欠損は感じることはありません。

低域は、44Hz 辺りまではフラットで、ピーク感やブーミーさがなく、厚みも適度ですし、
スムーズにロール・オフしていくロー・エンドも、35Hz 辺りまでは伸びているので、
普通の使用条件では特に不足感を感じません。
低域の迫力を求める場合は、少し物足りない感じがするかもしれませんが、
低域の量が多すぎると、聴き疲れや、聴き飽きしやすいということもあり、
この程度の量が、ちょうど良いバランスだとも感じます。

中域・高域は、ホーン的な質感をほとんど感じさせない素直な音色で、
自然な佇まいと心地よさを感じますし、
ボーカル帯域のクオリティーの高さには、目を見張るものがあります。

高域は、特性的にもフラットで、音色的な問題もありません。

ホーン・スピーカーにおいて、ホーン臭さを感じないというのは、
FBLH の構造的な理由で、ピークやディップの生じる周波数が分散され、
音色的なカラーレーションが少なくなるからだと考えられますが、
一般的には癖が多いと言われる BLH システムでありながら、
Ansio-S08 の再生音は、モニターとしての使用に耐えうる正確性を備えたものだと感じます。

帯域による音色の変化が少ないため、Ansio-S08 の再生音は、一言で言えば、
小口径フルレンジ・ドライバーの、優れた中・高域の品質とトランジェント特性を備えた、
完成度の高い、大口径フルレンジ・システムのような音だと言えるかもしれません。

比較的 ホーン長の短い、このサイズのBLH としては、
この癖の少ない再生音は、かなり驚くべきものだと感じます。
というのは、一般的に、ホーンが短くなるほど、
ホーンによって再生される帯域の周波数が高くなり、より耳につきやすい帯域となるため、
音色的な癖の多い再生音として感じられるようになるからです。
しかし、Ansio-S08 は、比較的 短いホーンを備えた BLH ですが、
一聴したところ、BLH だとは感じないほど癖が少なく、
FBLH という構造が、実際にも効果的であることを感じることができます。

BLH の再生音も、癖が少なくなってくると、
バスレフなどのシステムと、さほど変わらないような印象になってきますが、それでも、
密閉型やバスレフなどの、比較的 背圧の高くなるエンクロージャーに比べると、
ダイナミックレンジの広さや開放感、または、低音の瞬発力や独特の音の豊かさなどは、
やはり、依然として、他の方式では得られない、BLH のメリットとして残ります。

スピーカー・システムは、ドライバーの振動版だけでなく、
ドライバーを取り付けるバッフル自体も振動するため、バッフルも音源となりますが、
Ansio-S08 は、比較的バッフルの広い、スパイラル・タイプのBLH システムとしては、
音場感もなかなか良いようで、音がスピーカーに張り付かず、空間に自由に拡散する印象です。

BLH の設計者としては、故・長岡鉄男氏が最も有名だと思われますが、
彼は、自分の映画鑑賞用のシステムとしては、
自分が手がけた数多くの BLH システムは使用せず、
「ネッシー」などの共鳴管のシステムを、
専用のサブウーファーによって低域を補強して、使用していました。

これは、映画鑑賞では非常に重要となる声の再生において、
BLH 独特の響きが乗ることを、彼が嫌ったからではないかと、私は推測しています。
もちろんこれは、私個人の勝手な推測に過ぎませんが、
彼があれほど力を入れて開発に取り組んでいた BLH システムを、
彼自身の映画鑑賞用のシステムとして採用しなかった理由が、
彼のBLH システムにあることは、確かであろうと思います。

そして、彼が映画鑑賞用システムとして、共鳴管システムを採用したのは、
共鳴管システムは、ダイナミック・レンジの広さや開放感など、
BLH と共通のメリットを持っていますが、共鳴管を非常に長く伸ばすことで、
共鳴音を、耳につきにくい超低域へと追いやることができることから、
共鳴音が台詞の再生に影響することを避けることが、BLH に比べて、
比較的 容易なことが、理由として考えられます。

少し、意外に思われるかもしれませんが、
一般的に、音楽再生用のスピーカーよりも、映画鑑賞用のスピーカーの方が、
少なくとも、中低域(ミッド・ロー)から中高域(ミッド・ハイ)にかけてのボーカル帯域においては、
周波数特性上の平坦さや、音色的な癖の少なさが、つまり、
より Hi-Fi であることが、求められます。

なぜなら、音楽の再生においては、スピーカーの再生音の癖が、
録音現場の音響的な癖であるとか、音楽的な表現の一つであると認識されて、
あまり気にならないことが多いのに対して、
映画の鑑賞においては、様々な音響的な癖を持つ、あらゆる場面で、
様々な声質の人々の台詞が、極めて自然に再生されることが要求されるため、
スピーカーの再生音の癖が、そのまま台詞の再生の瑕疵として、
認識される場合が多いからです。

しかし、DBLH や FBLH というシステムは、
従来のシングルBLH では不可能だった、癖の少ないボーカル帯域の再生が可能なので、
音楽の再生よりも、さらに癖の少ないボーカル再生が求められる、映画の鑑賞においても、
違和感なく使用することができると思いますし、
長岡氏が長期にわたるBLH の研究・開発によって達成できなかったことが、
DBLH やFBLH においては、僭越ながら、達成されているのではないかと感じます。

Ansio-S08 は、初期の試聴の頃は、
ボーカル帯域のクオリティーの高さには、非常に感銘を受けましたが、
全体としては、DBLH には、僅かに及ばないという印象を受けました。
しかし、長期のエージングを経た今の印象としては、DBLH とさほど変わらず、
場合によっては、DBLH を越える部分もあるのではないかという印象もあり、
FBLH というシステム自体が、原理的にも、優れた方式なのではないかと感じています。

細部まで突き詰めて考えれば、DBLH の方が FBLH よりも、
僅かに有利な点があるだろうと、現時点では予測していますが、
実際の試聴においては、FBLH でも、十分にクオリティーが高く、
従来の シングルBLH の音質的な限界を、ブレイク・スルーしていると感じますし、
DBLH よりも、かなりコンパクトに作れることを考えれば、
物としてのバランスや纏まりの良さという点では、
FBLH は、DBLH に勝るとも劣らない魅力のあるものだと感じます。

そして、FBLH は、ただの実験機としてではなく、
これからも開発を続ける価値のあるものだと確認できたことは、
私にとっては、非常に大きな収穫でした。

FDBLH の構造は、さらに、DBLH にも応用できるので、
構造的な複雑さや制作上の困難さの上限に糸目をつけなければ、
理論上は、さらに癖の少ない、Forked DBLH というものも可能ですし、
色々と示唆するものの多い形式だと思います。

使用するドライバーの口径に対して、かなり大柄になりがちな DBLH に比べて、
コンパクトさを保ちながら、高い品質の再生音を実現できる FBLH は、
BLH という形式のスピーカーにとって、非常に大きな可能性を秘めたものだと感じますし、
少なくとも、blue*drop においは、今後、DBLH と共に、
BLH の主要な方式の一つになるはずです。

Ansio-S08 は、FBLH の実験機としての位置づけで、
その再生音には、特に期待をしてはいませんでしたが、
結果的には、Ansio-S08 は、特性的にも音色的にも、特に欠点らしい欠点はなく、
大きさや、デザイン的な完成度も含めて、私の作った作品の中では、
物としての総合的なバランスが、最も優れているのではないかと感じますし、
BLH システム としての完成度が非常に高く、
当初の予想と期待に反して、ダーク・ホース的な作品、
傑作機と言ってよい作品になったのではないかと思います。

設計と製作に手間の掛かる機種ほど、良い音で鳴ってほしいのが人情ですが、
Ansio-S08 の再生音を聴いていると、
Ansio-S08 は、その苦労の報われる作品だったと感じます。


Last Updated 2016-09-06



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