上が完成した Ansio-S08 です。
Ansio-S08 は、側面開口型のBLH
であり、その開口部もかなり大きなものとなっていますが、
正面から見れば左右対称で、ドライバーの位置も悪くないため、
比較的
端正で、バランスの良いルックスだと思います。
下が、Ansio-S08 の軸上 1m での周波数特性です。
測定に使用した機材は、
8cmフルレンジ・ドライバーが、Tang Band W3-881SJF 、
DAC が、Topping
D2、アンプが、S.M.S.L. SA-98 です。
BLH システムとしては、ピークもディップもよく抑えられ、フラットでなかなか良い特性です。
低域は、ピークの発生が良く抑えられ、比較的 フラットな特性になっています。
190Hz
辺りに小さいディップが生じていますが、この程度であれば、
実際の音楽鑑賞において、情報の欠損は感じることはありません。
低域は、44Hz
辺りまではフラットで、ピーク感やブーミーさがなく、厚みも適度ですし、
スムーズにロール・オフしていくロー・エンドも、35Hz
辺りまでは伸びているので、
普通の使用条件では特に不足感を感じません。
低域の迫力を求める場合は、少し物足りない感じがするかもしれませんが、
低域の量が多すぎると、聴き疲れや、聴き飽きしやすいということもあり、
この程度の量が、ちょうど良いバランスだとも感じます。
中域・高域は、ホーン的な質感をほとんど感じさせない素直な音色で、
自然な佇まいと心地よさを感じますし、
ボーカル帯域のクオリティーの高さには、目を見張るものがあります。
高域は、特性的にもフラットで、音色的な問題もありません。
ホーン・スピーカーにおいて、ホーン臭さを感じないというのは、
FBLH
の構造的な理由で、ピークやディップの生じる周波数が分散され、
音色的なカラーレーションが少なくなるからだと考えられますが、
一般的には癖が多いと言われる
BLH システムでありながら、
Ansio-S08
の再生音は、モニターとしての使用に耐えうる正確性を備えたものだと感じます。
帯域による音色の変化が少ないため、Ansio-S08
の再生音は、一言で言えば、
小口径フルレンジ・ドライバーの、優れた中・高域の品質とトランジェント特性を備えた、
完成度の高い、大口径フルレンジ・システムのような音だと言えるかもしれません。
比較的 ホーン長の短い、このサイズのBLH
としては、
この癖の少ない再生音は、かなり驚くべきものだと感じます。
というのは、一般的に、ホーンが短くなるほど、
ホーンによって再生される帯域の周波数が高くなり、より耳につきやすい帯域となるため、
音色的な癖の多い再生音として感じられるようになるからです。
しかし、Ansio-S08
は、比較的 短いホーンを備えた BLH ですが、
一聴したところ、BLH だとは感じないほど癖が少なく、
FBLH
という構造が、実際にも効果的であることを感じることができます。
BLH
の再生音も、癖が少なくなってくると、
バスレフなどのシステムと、さほど変わらないような印象になってきますが、それでも、
密閉型やバスレフなどの、比較的
背圧の高くなるエンクロージャーに比べると、
ダイナミックレンジの広さや開放感、または、低音の瞬発力や独特の音の豊かさなどは、
やはり、依然として、他の方式では得られない、BLH
のメリットとして残ります。
スピーカー・システムは、ドライバーの振動版だけでなく、
ドライバーを取り付けるバッフル自体も振動するため、バッフルも音源となりますが、
Ansio-S08
は、比較的バッフルの広い、スパイラル・タイプのBLH
システムとしては、
音場感もなかなか良いようで、音がスピーカーに張り付かず、空間に自由に拡散する印象です。
BLH
の設計者としては、故・長岡鉄男氏が最も有名だと思われますが、
彼は、自分の映画鑑賞用のシステムとしては、
自分が手がけた数多くの
BLH
システムは使用せず、
「ネッシー」などの共鳴管のシステムを、
専用のサブウーファーによって低域を補強して、使用していました。
これは、映画鑑賞では非常に重要となる声の再生において、
BLH
独特の響きが乗ることを、彼が嫌ったからではないかと、私は推測しています。
もちろんこれは、私個人の勝手な推測に過ぎませんが、
彼があれほど力を入れて開発に取り組んでいた
BLH システムを、
彼自身の映画鑑賞用のシステムとして採用しなかった理由が、
彼のBLH
システムにあることは、確かであろうと思います。
そして、彼が映画鑑賞用システムとして、共鳴管システムを採用したのは、
共鳴管システムは、ダイナミック・レンジの広さや開放感など、
BLH
と共通のメリットを持っていますが、共鳴管を非常に長く伸ばすことで、
共鳴音を、耳につきにくい超低域へと追いやることができることから、
共鳴音が台詞の再生に影響することを避けることが、BLH
に比べて、
比較的 容易なことが、理由として考えられます。
少し、意外に思われるかもしれませんが、
一般的に、音楽再生用のスピーカーよりも、映画鑑賞用のスピーカーの方が、
少なくとも、中低域(ミッド・ロー)から中高域(ミッド・ハイ)にかけてのボーカル帯域においては、
周波数特性上の平坦さや、音色的な癖の少なさが、つまり、
より
Hi-Fi であることが、求められます。
なぜなら、音楽の再生においては、スピーカーの再生音の癖が、
録音現場の音響的な癖であるとか、音楽的な表現の一つであると認識されて、
あまり気にならないことが多いのに対して、
映画の鑑賞においては、様々な音響的な癖を持つ、あらゆる場面で、
様々な声質の人々の台詞が、極めて自然に再生されることが要求されるため、
スピーカーの再生音の癖が、そのまま台詞の再生の瑕疵として、
認識される場合が多いからです。
しかし、DBLH や FBLH というシステムは、
従来のシングルBLH
では不可能だった、癖の少ないボーカル帯域の再生が可能なので、
音楽の再生よりも、さらに癖の少ないボーカル再生が求められる、映画の鑑賞においても、
違和感なく使用することができると思いますし、
長岡氏が長期にわたるBLH
の研究・開発によって達成できなかったことが、
DBLH やFBLH
においては、僭越ながら、達成されているのではないかと感じます。
Ansio-S08
は、初期の試聴の頃は、
ボーカル帯域のクオリティーの高さには、非常に感銘を受けましたが、
全体としては、DBLH
には、僅かに及ばないという印象を受けました。
しかし、長期のエージングを経た今の印象としては、DBLH
とさほど変わらず、
場合によっては、DBLH を越える部分もあるのではないかという印象もあり、
FBLH
というシステム自体が、原理的にも、優れた方式なのではないかと感じています。
細部まで突き詰めて考えれば、DBLH の方が FBLH
よりも、
僅かに有利な点があるだろうと、現時点では予測していますが、
実際の試聴においては、FBLH
でも、十分にクオリティーが高く、
従来の シングルBLH の音質的な限界を、ブレイク・スルーしていると感じますし、
DBLH
よりも、かなりコンパクトに作れることを考えれば、
物としてのバランスや纏まりの良さという点では、
FBLH は、DBLH
に勝るとも劣らない魅力のあるものだと感じます。
そして、FBLH
は、ただの実験機としてではなく、
これからも開発を続ける価値のあるものだと確認できたことは、
私にとっては、非常に大きな収穫でした。
FDBLH の構造は、さらに、DBLH
にも応用できるので、
構造的な複雑さや制作上の困難さの上限に糸目をつけなければ、
理論上は、さらに癖の少ない、Forked
DBLH というものも可能ですし、
色々と示唆するものの多い形式だと思います。
使用するドライバーの口径に対して、かなり大柄になりがちな DBLH
に比べて、
コンパクトさを保ちながら、高い品質の再生音を実現できる FBLH は、
BLH
という形式のスピーカーにとって、非常に大きな可能性を秘めたものだと感じますし、
少なくとも、blue*drop
においは、今後、DBLH と共に、
BLH の主要な方式の一つになるはずです。
Ansio-S08 は、FBLH
の実験機としての位置づけで、
その再生音には、特に期待をしてはいませんでしたが、
結果的には、Ansio-S08
は、特性的にも音色的にも、特に欠点らしい欠点はなく、
大きさや、デザイン的な完成度も含めて、私の作った作品の中では、
物としての総合的なバランスが、最も優れているのではないかと感じますし、
BLH
システム
としての完成度が非常に高く、
当初の予想と期待に反して、ダーク・ホース的な作品、
傑作機と言ってよい作品になったのではないかと思います。
設計と製作に手間の掛かる機種ほど、良い音で鳴ってほしいのが人情ですが、
Ansio-S08
の再生音を聴いていると、
Ansio-S08
は、その苦労の報われる作品だったと感じます。