Korva's Note SONY HB-101
MSX logo Memories of the good old computer MSX


ここは、懐かしの8ビット・コンピューターの名機 MSX の小部屋です。


MSX(エム・エス・エックス)とは

MSX は、世界初のコンピューターの統一規格として、1983年に誕生しました。
当時は、各メーカーが独自の規格でパソコンや周辺機器を作っていたので、
あるメーカーの周辺機器は、別のメーカーのパソコンでは使えない、
ということが当たり前でした。

しかも、ソフトウェアは特定のメーカーの特定の機種でしか使うことができず、
同じ機能のソフトウェアでも、各メーカーの各機種ごとに別々に開発する必要がありました。

この問題を解決するために、マイクロソフトとアスキーによって、
8ビット・パソコンの統一規格として提唱されたのが、MSXだったのです。
つまり、MSX規格のパソコンであれば、メーカーや機種が違っても、
同じソフトウェアや同じ周辺機器が使えるようになったのです。

そして、MSXは現在に至るまで、
プラグ・アンド・プレイ を実現した歴史上唯一のパソコンでもあります。


MSXのハードについて

MSXの心臓部であるCPUには Z80A が搭載され、そのクロック周波数は、3. 58MHzでした。これは、当時の8bitパソコンとしてはごく平均的なもので、特に語ることはありませんが、 MSXの長所の1つであるメモリは、ページの切り替え技術によって、最大1024Kbyteの広大な空間を持つことができました(Z80Aのメモリ・レジスタは16bitなので、メモリ空間は、
216byte=65536byte=(65536/1024)Kbyte=64Kbyteですので、1024Kbyteというのは、8bitパソコンとしては驚異的なメモリ空間です)。もっとも、8bitパソコンとしては驚異的なメモリ空間も、BASICからはページの切り替えはできないので、BASICのプログラムで使用できるエリアは、最大で32Kbyteでした(64Kbyteのメモリ内、32KbyteはBASICインタプリタを収めたROMなので、BASICからRAMとして使用できるのは、残りの32Kbyte)。そして、当時はメモリが高価なこともあり、MSXのメインRAMは普通16Kbyte、多くて32Kbyteといった感じでした。

MSXのハードは、特にグラフィック機能に関しては制約の大きいものでした。
解像度は最大256x192dotです。MSXは、この解像度の低さから、ビジネス用途に使用するのは厳しく、主にゲーム用途に使用されることになりました。

同時発色数は4bit、つまり16色です。(このうち1色は透明色なので、厳密に言えば15色です)256x192dotの解像度でも、1dotつき16色使えるならば、当時のパソコンとしては、なかなかのものです。しかしながら、MSXは解像度の低さに加え、色の表示の制約も大きいものでした。

MSXは、8dotを2yteで表示します。この2byteのうち、1byteをdot情報として、もう1byteは色情報として使用します。どういうことかというと、例えば、dotの情報が2進数で、11010011 であれば、1の色を前景色として4bit、0の色を背景色として4bit、合わせて8bit、つまり1byteで表現するのです。と言うことは、当然、8dotにつき2色までしか使うことができず、これは、同時代のパソコンと比べても、かなり見劣りのするものでした。

*実はMSXには、1dotにつき16色使えるモード(screen3)がありますが、その解像度は何と、64x48 dot です。こんな低解像度で一体何ができるのだろうかと、当時は頭をひねりましたが、世の中には猛者があるのもです。この低解像度モードで、あの「スペース・ハリアー」を作ってしまった方がいるのです(機種はMSX1ではなく、MSX2ですが)。→参照

そして、特にゲームにおいて重要なスプライト機能は、1枚につき1色しか使えず、複数の色を使うためにはスプライトを重ねなければなりません。このスプライトは横に5枚以上並ぶと、スプライト番号の大きいものは表示されません。つまり、単色のスプライトを横に4枚までしか表示できないのです。(スプライトの表示面を変えることで、ちらつきはありますが、横に4枚以上表示するテクニックがあります。)

さらに、MSXはゲーム用とみなされていたとは言え、あくまでパソコンなので、ゲーム専用機とは違い、ハードウェアによるスクロール機能を持っていません。ですから、画面をスクロールするためには、画面のスクロールする範囲を全て書き換えなければなりません。背景のキャラクタは8x8dotですので、スクロールも8dot単位でしかできず、1dot単位でスクロールするためには、画面のデータに加え、キャラクターのデータも書き換える必要がありました。

MSXの内蔵音源であるPSGは、同時に3和音までしか発声することができませんが、これは当時のパソコンとしては、ごく平均的なものでした。ゲームでは、3音うち1音は効果音として使用するので、BGMには2和音しか使うことができません。しかし、このハードウェアの制約を、ソフトウェアの技術力でカバーし、一体どのように演奏しているのだろうかと、頭をひねるような優れた音楽作品が数多く残されています。

MSXのスペックは、当時のパソコンやゲーム専用機に比べると、かなり見劣りしますが、MSXには数多くの優れたソフトが残され、いまだに多くのMSXファンが存在します。この事実は、ソフトの価値はハードによって決まるのではなく、むしろ、ハードの価値はソフトによって決まるということを、物語っているのだと思います。

続く・・・


思い出の MSX たち

N君の愛機だった三菱のMSX ML-F110 (愛称:LETUS)

Y君の愛機だったナショナルのMSX CF-2000 (愛称:キングコング)

そして、私の愛機だったソニーのMSX HB-101 (愛称:HiTBiT)


ひとびとのヒットビット
CMのメロディーがよみがえってきます。
当時は松田聖子さんがCMをやってました。
ソニーがMSXの販売シェアNo.1を獲得するのに
貢献したとか、しなかったとか・・・

当時、作ったプログラムをセーブするのに
活躍したソニーのデータコーダSDC-500
操作ボタンがパソコンのキーのようで
味のあるデザインです。
Last Updated 2012-01-02


Back


inserted by FC2 system