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Tang Band W4-930SG

W4-930SG は、Tang Band による 10cmフルレンジ・ドライバーです。

まず、このドライバーは、フレームの構造が非常に素晴らしく、
振動板の背面も、ダンパーの背面も、開口部が大きく、
振動系の自由な動作を阻害する要素を極力 排除した、
理想的な設計となっています。

このように、ダンパーが背面から丸見えというフレームは珍しいですが、
このドライバーのダンパーは、編目が密で通気性が悪いため、
このような構造は、ダンパーの動作にかかる空気抵抗を減らすことで、
大振幅時における、リニアリティーの向上やダイナミックレンジの拡大に、
寄与するものと思われます。

そして、このような構造を可能にしたのは、ネオジム磁石を使用した磁気回路ですが、
画像を見て判るように、非常に小さくなっています。
しかし、磁気回路が小さくなるほど、フレーム設計の自由度が増しますが、
ドライバー自体の重量が軽くなるので、
デッドマス効果が低下するというデメリットも考えられます。

振動板は、フルレンジ・ドライバーでは一般的なペーパー・コーンで、
黒く着色されており、センターキャップも同じ材質のようです。

フルレンジ・ドライバーの振動板は、音色的な自然さから言えば、
紙かポリプロピレン(PP)が、最も良いのではないかと、私は感じますが、
PPのように樹脂系のものは、紙に比べると、経年劣化が気になるので、
最終的には、やはり、紙が最も良いと言えるかもしれません。

W4-930SG のコーンの背面を観察してみると、
コーンの外周部に、ダンピング材が塗布されています。
それも、中心部に近い方は薄く、
外周部に近い方は厚く塗布されるという念の入れようで、
このコーンは、外周部に向かって、
徐々に内部損失が大きくなる設計のようです。

コーンも、センター・キャップも、同じ材質なので、
全帯域に渡って、音色的な統一感がありますが、
ペーパー・コーンらしく、僅かに硬質で乾いた質感と、若干の紙臭さい雑味があります。
しかし、これは、ペーパー・コーンとしては、ごく普通の傾向であり、
音色的なニュートラルさを損なう程のものではないので、
特に、このドライバーの欠点だとは言えません。

中域は音色的に、ナチュラルかつニュートラルな質感です。
能率が高いのに、ヒステリックさや喧しさがなく、
解像度が高いのに、緊張を強いるような冷たさがありません。

人の聴覚が最も鋭敏に働く、ボーカルの再生も極めて素直で、特に問題はありません。
小口径で高能率なドライバーとしては線の細さが無く、しかし、繊細で、
血の通った温かみや優しさを感じさせる、肉声感のあるボーカル再生です。

そして、この音色的なニュートラルさは、表現力を向上させる、もう一つの要素として、
周波数レンジの広さや、ダイナミックレンジの広さ、過渡特性の良さ、
などに加えてよいかもしれません。
なぜなら、固有の音色がクール過ぎて、温かさの表現の苦手なドライバーや、
反対に、固有の音色がウォーム過ぎて、冷たさの表現の苦手なドライバーというものも、
存在するからです。

磁気回路は非常に小さく、見た目から受ける印象としては、非力に見えますが、
磁石が一般的なフェライト磁石ではなく、強力な磁力を持つネオジム磁石なので、
特に非力なわけではありません。

能率が 89dB と、10cm ドライバーとしては、かなり高めなのに関わらず、
X-max が 2mm と、10cm ドライバーとしては、比較的 大きくなっているので、
この磁気回路は、その小ささから受ける印象とは裏腹に、
むしろ、優秀なものだと言えそうです。

ボイスコイル径も、25mmと、10cmドライバーとしては、比較的 大きなものなので、
磁気回路とボイス・コイルからなるモーターとしての駆動力は強いようです。
実際の試聴でも、かなり大きなエンクロージャーも軽々と駆動し、
適度な硬さと厚みを備えた、躍動感のある低音を再生します。

振動系は、非常に軽く、3.0g となっていますが、
このドライバーの振動板の有効面積は 57cm2 と、
10cmドライバーとしては、すこし大き目なので、
一般的な10cmドライバーの振動板面積である50cm2 に換算すると、
振動板面積 50cm2 あたりの振動系質量は、
3.0*(50/57)≒ 2.63g となり、
Fostex FE103En 並みの軽量振動系であることが判ります。

そして、軽量振動系にしては、fs が 70Hz と、比較的 低めですが、
Qts は 0.47 と、比較的 高めなので、スペックからも、低域の豊かさが見て取れます。

振動板の構造がメカニカル2wayということもあり、周波数レンジは非常に広く、
ハイ・エンドは、人間の聴覚の限界値である 20kHz まで、きっちり出力されます。
高域での聴力の鋭い方は、実際に聴覚的に確認できると思います。

そして、ハイ・エンドが伸びているだけではなく、
高域でのクオリティー自体も高く、フルレンジとしては、歪感の少ない、
ツイーターのような、繊細感と伸びのある高音を再生しますし、指向性も広く感じます。

Tang Band W4-930SGは、ニュートラルな音色と、広大な周波数レンジ、
厚みと躍動感のある低域、ナチュラルで表現力の高い中域、繊細で伸びのある高域と、
小口径フルレンジ・ドライバーに期待される、全ての要素を備えており、
特に、ペーパー・コーンの音色が好きな方には、
完璧に近い特性を持つ、万能の名機と言えるかもしれません。

Last Updated 2015-06-18



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